
阪上梨絵(りえぞ)について
こんまり®流片づけコンサルタントの阪上梨絵(りえぞ)と申します。
現在、兵庫県宝塚市在住
3DKの賃貸に夫と娘と3人で暮らしています。
よくインスタグラムなどに出てくる素敵なお家と比べると収納は少な目、面積も狭いですが、充分に暮らせていると思います。
前職は特別支援学校の教員をしていました。
今は過去の私のように片づけに悩む人に片づけをお伝えし、ときめく生活へのお手伝いがしたい!
そんな気持ちで片づけコンサルタントをしております。
こんまり流®片づけコンサルタント
整理収納アドバイザー準1級
教員免許(中高音楽)
好きな食べ物:ラーメン
趣味:アニメ、ゲーム、漫画、楽器(ピアノ、トロンボーン)、作曲
片づけ歴
ここからは、私がいかに片づけられない人生を送り、片づけに悩み、それを乗り越えたかという話を書いています。
とても長文になりますが、ご興味あれば読んでみてください。
私自身が片づけられないことを初めて自覚したのは、小学生の頃でした。
家を建て替え、自分の部屋を与えてもらい、従兄弟が遊びに来た時です。
「部屋が汚いから片づけよう」
そのように言われ、どんどん片づけられてしまいました。
とは言え、モノを捨てたわけではなく、あるべきところに戻された感じです。
そこで私自身、「部屋が汚いからきれいに保とう!」とはなりませんでした。
そもそも片づけなんてどうやったらいいのかわからない。
特に困っている感じもない。
それに自分のではないモノも部屋にたくさんありました。
そのまま特に改善も気づきもなく、片づけができないまま大きくなっていきました。
自分の部屋は2階にあり、行くのが面倒だったので、カバンは玄関に置きっぱなし。
次の日の用意をするのが面倒で、カバンには常に全教科の用意が入っていました。
教科書を入れ替えた時期もあったかもしれませんが、玄関入ってすぐの階段で出し入れを行っていました。
プリント類はくしゃくしゃのままカバンの底に埋まっている。
母も苦労したと思います。
ですが、両親もまた、片づけできないタイプでした。
片づけられない両親と私が住む家。
私が成人する頃には、立派な汚家が出来上がっていました。
毎日のように茶色い虫を見る時期もありました。
そこで、社会人1年目の年末、当時していた仕事(アルバイト)を全てやめて家を片づけようと思いました。
毎日場所を決めて捨てまくりました。
私のモノだけでなく、両親のモノも要らなそうなモノは勝手に捨てました。
ですが、全く片づかないどころか、なぜか片づけた場所にどんどんモノが置かれていきました。
心が折れました。
何より24歳とかの時期に無職という肩書に耐えきれず、半年ほどで職探しを始めてしまいました。
仕事(といってもアルバイト)を始め、前よりも家に居る時間が減った分、片づけからは遠ざかっていました。
片づけていた分少しはスッキリしましたが、まだまだ汚家の域を出ませんでした。
時期によっては毎日茶色い虫を見る。
居場所はベッドと座椅子のみ。
つまり家に居てできることはベッドでゴロゴロするか、座椅子でテレビを見るか。
なので私の場合、家に居ないことがほとんどでした。母も同じです。
そしてこんな私でもなぜか結婚することができ、家を出ました。
引っ越しの時は必要なモノだけ持って行き、主人も当時の私よりは片づけができるタイプだったので、実家のような汚家にはなりませんでした。
その後何年か経ち、子どもも生まれましたが、時々「あの実家はどうするんだろう」と悩み、眠れない日がありました。
主人を起こして話を聞いてもらったりしていたので、かなり迷惑だったと思います。
何度も母に「家を片づけよう」と伝えましたが、「ほっといて」と言われるばかりでした。
ずっと心にモヤモヤを残したまま過ごしていました。
子どもが生まれて、近所に住む主人のお義母さんとよく接するようになりました。
そして何かの用事のついでに、実家に寄ってモノを取りに行った時の話です。
その時、玄関から積み上がっている段ボールに絶句しながらも、必要なモノをもらって車に乗り込みました。
「立派な家じゃないの」
義母に言われました。
もちろん実家には、汚家になってから誰も招いたことがありません。
「いやー家は大きいんですけど、ちょっとゴミ屋敷みたいになってて…」
と正直に伝えました。
そこから色々あり、次の日くらいに義母から電話がかかってきました。
簡単に言うと、カウンセラーであるお義姉さんに相談したら、
私の母が何かを抱えていることは前から思っていた。
母にカウンセリングを受けることを薦めたいが、本人にその気がないなら私が受けて母をサポートする方法もあるとのことでした。
私はお義姉さんが帰省してくるタイミングでカウンセリングを受けました。
ものすごく簡単に言うと家族関係に問題があるとのことでした。
それから、母の片づけのことは一旦置いておいて、母に毎週会うようにしました。
主人が遅くなる曜日に、育児を手伝ってもらうためと言って来てもらい、積極的に頼ったり、片づけ以外の話をしたりしました。
同時進行で、子育てをしながら片づけの勉強も始めました。
ユーキャンで整理収納アドバイザー2級、準1級の勉強をしながら、自宅を片づけました。
もちろん『人生がときめく片づけの魔法』も読みましたが、本の通りに実行することはなく、何となく本を少し参考にした自己流片づけをしていました。
その時、自宅にあるモノですら、こんなに不要なモノがあるのかと驚きました。
そして、母に切り出しました。
「家片づけよう?」
母の暮らしを良くしたいこと、幸せを願っていること、片づけの勉強をしていることを伝えました。
少しだけやる気になった母と、片づける日の約束をしました。
実家に行き、片づけを始めました。
片づけている様子はインスタグラムの前のアカウントの初期の方に載せています。
実家は多分7LDKのかなり大きな家でした。まぁ、ものすごい広さのはずなのに狭く、圧迫感がありました。
とりあえず玄関から順番に片づけて行こうとしました。
回数を重ねるごとに少しずつスッキリしていきました。
今考えたら、当時の状況でものすごく頑張っていたと思います。
ですが、何とか通路ができるくらいのことで、一向に片づいた感じがしないし、前回片づけたはずの所がモノで埋まっていたりしました。
やはり住んでいる本人たちの意識が変わらない限り、片づかないようです。
そして事件は起きました。
なぜか主人から切り出されました。
私の実家の支払いが滞っていて、このままだと出て行かないといけないと
実家のローンを支払っていた銀行口座が空になっていたことに気づかず、書類の管理も疎かだったので通知が来てたことにも気づかず。
あと1年もないうちに実家を売って出て行かないといけない。そんな状況になってしまいました。
その時には私も復職していましたが、仕事が手につかないくらい落ち込みました。
なぜ主人から切り出されたかと言うと、父が誰に相談すれば良いかわからず、主人の実家の周りをうろうろしていたようです。
もちろん裁判所など、思いつくところには連絡した後でした。
情けないなと思ったりもしましたが、こうなると動くしかありませんでした。
新居を探し、実家の売却の手続きを進めました。
また、引っ越しの準備で実家の片づけも続けました。
不動産屋さんと交渉の際、不用品の回収費を考慮して売却の額を決めていただきました。
つまり、必要なモノだけ持って新居に移る。これが可能になりました。
持って行くものと置いておくものを分ける。それだけで良くなりました。
これで実家の片づけが終わる!そう信じて喜んでいました。
いざ引っ越し!
最低限必要なモノに囲まれた生活!
と思っていたのは私だけでした。
引っ越し作業が終わってしばらくしてから新実家を訪ねると、なぜかすでに大量にモノが置いてありました。
どうやら手放せないモノがたくさんあったようです。
中には売ってお金にしようと思っていたものもあったようですが、それだけではありませんでした。
汚新居の完成でした。
なぜ?
悲しくて仕方ありませんでした。
ですがやることは変わりません。
両親が快適に過ごせるように、不要なモノを手放し、整えていくだけです。
新居は3LDK。さすがに7LDKの旧実家と比べれば簡単なはずです。
私は働きながら、子育てもしながら、実家に通いました。
収納を組む手伝いなんかもしながら、両親が快適に過ごせるようにと願い、足を運びました。
ですが、なぜかダイニングテーブルの上は片づかないし、洗面台もごちゃごちゃだし、物置の部屋が出来上がるし、全く進みませんでした。
私は心が折れました。
実家の片づけをしてから帰ってワンオペ育児中。
私は泣き叫び、物干しラックをひっくり返し、あらゆるものを投げました。
娘も泣き叫びます。申し訳ないことをしたなと今では思っています。
この時主人は事業を始めたばかりで、ほとんど私の収入で暮らしていました。
家事の負担も私にばかり偏っている気がしていました。
実家の片づけで月に何日かは休みがつぶれていました。
何で私だけがこんなに頑張っているのか。
辛くなってしまいました。
それでも片づけたいという思いがあり、勉強は続けていました。
当時は整理収納アドバイザー準1級でしたが、1級を目指して1次試験を受けたりもしていました。
ですが、2次試験のプレゼンテーションのネタとして考えていた実家が全く片づかない。
資格も中途半端だし、なんだか自宅の片づき具合も中途半端だなと感じました。
そこで、『人生がときめく片づけの魔法』を読み返し、自宅で実践してみました。
また、YouTubeでもこんまりさんのチャンネルを見たりして、片づけに関する考え方を学んでいました。
そして実家の片づけにも学んだことを取り入れてみたりしました。
そんな時、こんまり®流片づけコンサルタント養成講座の案内がふと目に入りました。
そしてすぐに説明会を申し込み、お話を聞きました。
1回目は「こんな資格があるのかーやってみたいなぁ…でも私には無理かな?」と諦めてしまいました。
というのも、この講座の参加資格として、こんまり®流で自分のモノを片づけ終わっている必要がありました。
半年ほど経ち、2回目の説明会。やはり諦め切れていない自分がいました。
でも、自分の片づけは終わっていない。
そこで、養成講座に申し込むと同時に、こんまり®流の片づけコンサルタントさんを何度かお呼びし、片づけを伴走していただきました。
それにより、私も「絶対に期限までに片づける!」と決心がつき、どんどん片づけが進みました。
そして無事、自分の片づけが終わりました!
元々整理収納アドバイザーの勉強の時に、ある程度モノを減らしていたにも関わらず、かなりのモノを手放しました。
正直、コンサルタントさんにお願いすればこんな簡単に進むのかと、驚きました。
これまで以上に私もコンサルタントになりたいと思いました。
誤解のないようにお伝えしますが、整理収納アドバイザーの資格がダメだと言っているわけではありません。
そちらの資格でやっている、尊敬できる方々は何人もいらっしゃいます。本当にすごい思います。
普段から感覚型の私に合わなかっただけの話です。
養成講座を受講しました。
やはりこれまで勉強していたこととは全く違いました。
当時フルタイムで仕事をしていましたが、その中で1年という期限の中で、休みの日にモニターレッスンを行い、試験を受けました。
レッスンの中で失敗や後悔など、色々な経験もさせていただきました。
正直かなり凹むことも多々ありました。
ですが、この時の私は、これまでの私とは違い、諦めずに取り組むことができ
無事、こんまり®流片づけコンサルタントになることができました!

これは自分の片づけが終わっていたからできたこと。そう思っています。
自分のときめきに従って行動できたということです。
もちろん家族の支えなどもあり、できたことでもあります。
本当に感謝です。
認定とあまり変わらない時期に、ときめきに従って前職を手放しました。
もちろんこれから誰かのときめく生活へのお手伝いをしたい!という決心ができたからです。
そして実家もこれからはきちんとこんまり®流で片づけて、まずは母のモノを片づけ切りたい!
そのように思い、現在片づけレッスン中です。
片づけが終わったら、またご報告しますね!